2025年の夏に応募しました、栃木県芸術祭(創作部門)にて奨励賞をいただきました。短編小説を書くようになり、様々なテーマを扱ってきましたが、本作品「ハイライト」では、自分と同年代の男性の挑戦を描いてみました。
意外と女性が主人公の作品が多く、いつも表現に苦労するのですが、今回は自分だったらどう思うかなぁ...と考えられるので、そういう意味では書きやすい作品でした。
ご興味ありましたら、ぜひご一読ください。
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久志は天井を見上げた。
椅子に座ったまま両腕をだらんと下げて、右手首をぶるぶると振る。
「あと30分か」
壁にかかった時計を見ると、9時半を指している。またペンを右手に持ち、机に向かって分厚い過去問題集を開いた。数学のたった5行くらいの問題文だが、大学受験の問題ともなるとノート1ページを丸々使ってやっと答えにたどり着く。面倒な気持ちを抱えつつ、出題者の意図を読み、問題の構造を見抜く試行錯誤は嫌いではない。
静かな部屋で1人、久志は早口で問題文を2回読みグラフに表してみる。ノートには曲線と直線が入り乱れて、何度も書き直して突破口を探す。
2問解いたところで、間もなく10時だ。またペンを置いてラジカセの電源を入れ、忘れずに録音ボタンも押す。毎週火曜日のこの時間、久志にとって待望の瞬間が訪れる。いつものオープニングが流れて、そこにDJの声が重なった。
「生放送でお届けしています、ダイタのミュージックプログラム。今夜はついに、先週約束した新曲を発表しちゃいます」
FMラジオの微かなノイズに混じって、久志が憧れているギタリスト、ダイタの声がスピーカーから流れた。久志はその声にほっとする。ステージ上ではコーラスしながら観客を煽るダイタが、ラジオだと落ち着いた声で語りかけてくる。このギャップがたまらない。毎週ここからの30分、手だけは参考書をパラパラめくりながら、頭も耳もラジオに吸い込まれることになる。
毎回の放送をカセットテープに録音して、水曜日以降はダイタのセリフを覚えてしまうくらい繰り返し聞いている。本当に気に入った回や新曲が初登場する回は、テープを上書きすることなく保管しており、友人に貸しているものも含めると、テープは30本を超えていた。

「今回の新曲は、真冬に届けるにはちょっと熱すぎるバラードだけど、誰かを想っているみんな、大切なものを追いかけているみんな、ひょっとしたら受験生も聞いているのかな。頑張っているみんなに聞いてほしいです」
胸がドキドキしてきた。受験生に対するコメントは、まさに久志に当てはまるわけだが、そんなことより早く新曲を聞きたくて立ち上がってしまった。
イントロが流れる。ダイタが所属しているバンドは、音楽番組にほとんど出演することがなく、生放送でダイタの声を聞いたり、いち早く新曲が聞けるこの番組は貴重な存在だ。久志にとってはもっとも好きなバンドだが、それ以上にギタリストのダイタが奏でるメロディやファッションに強く惹かれていた。そのダイタが、音楽や私生活について本音で語ったり、リスナーから届く手紙に熱心に返答するラジオ番組は、もはや久志の1週間の中心的な存在だった。
そして翌日には教室の机に腰かけて、仲の良い誠と鉄平の3人で、ダイタが語った出来事、バンドの最新ニュースについての話題で盛り上がった。
「昨日のヤバくなかった?」
だいたい、鉄平のこの一言からはじまった。誠がうっかりラジオを聞き忘れると、録音したテープを貸すのは久志の役割だった。その誠は、テープを借りたことをすっかり忘れて返さないこともある。
「久志ってメッチャいい奴だよな」
それでも誠にテープを貸している様子を見て、鉄平はいつも褒めてくれる。
イントロが終わり、ゆったりとしたAメロに移る。明日は間違いなく、この曲の感想を言い合うことになるだろう。
久志は、ラジカセがきちんと録音していることをまた確認した。
まったく別な曲になったかのようなBメロ、ダイタのギターがリズムを刻んでいる。まだタイトルしか知らないこの曲は、サビになったらどうなっちゃうんだろう。
急にラジカセの音が消えた。
小さいノイズだけが聞こえている。
「えっ、何それ」
久志の問いかけに対して、一瞬の間をおいてラジカセが答えた。
「番組の途中ですが緊急速報です。多国籍軍がイラクに攻撃を開始しました。繰り返します。多国籍軍がイラクに攻撃を開始しました」
立ち上がったままの久志は、何が起きたのかすぐには理解できなかった。
「うそでしょ」
多国籍軍どころではなく、待望の新曲の途中でニュースに切り替わったことが信じられなかった。さっきまでは一語一句、音のひとつひとつを追いかけていたのに、今は唖然としてラジカセから流れるニュースを聞き流している。いつになったらダイタの声に戻るのだろうか。椅子に座り直して10分以上待ってみたが、大変なことが起こったらしく、スピーカーの向こうにダイタが座っているようには思えなくなった。
問題を解く意欲まで消えてしまい、久志は諦めて飲み物をおかわりしようと1階に下りた。
リビングでは、父がひとりでテレビのニュースを見ている。画面の中では、海から陸地に向かって緑色に光ったミサイルがどんどん飛び出していた。
「大変なことが起きたぞ」
父がテレビに釘付けのまま、久志に話しかけてきた。
「何の話?」
「受験生が知らなくて大丈夫か?イラクとの戦争だよ。日本にも影響すると思うよ」
「受験科目は日本史だから知らないよ」
「そういう問題じゃないだろ」
テレビに目を戻すと、早口のアナウンサーをBGMにして無数のミサイルが放物線を描いている。昨日からの続きのようで、昨日とはまったく違うことが今まさに起きている。やっと久志も事の重大さが理解できてきた。
1991年の日本。明るいリビングで父はビールを片手にソファに座り、久志もラジオが中断したことをすっかり忘れて、いつの間にかニュースの解説を聞き入っていた。
テレビゲームのような派手な演出はなく、淡々と誰かが誰かを攻撃している。さっきまではほとんど興味がなかった湾岸情勢について、民族、宗教、領土、いろいろな背景があったことをニュースキャスターが解説している。
ミサイルのボタンを押す者と、その数キロ先でミサイルから逃げている者は、お互いに顔も見たことがない関係だろう。個人的な恨みなんてなかっただろうし、せめて攻撃されている側は本当の悪者であってほしい、それが久志の率直な思いだった。
それから20年。2011年は久志にとって、大きな決断と挑戦の年になった。
鍼灸整体師としてこれまで修行してきたが、いよいよ自分の店をもって、理想とする店づくりを実現できる日が訪れようとしていた。
数年前に全世界を襲ったリーマンショックで、都市部のテナント料金が大きく下がった。駅前の立地でも空室が目立つようになり、独立に向けて準備をしていた久志にとっては絶好のタイミングだった。
清潔感があるビルの2階。エレベーターを降りると、大きめの木製ドアが待っている。昨年まで入居していたテナントは飲食店だったと聞いている。天板がガラスで造られた立派なレジカウンターがあり、奥に広がるスペースにはパーテーションが残されている。あまり大掛かりな工事をしなくても、内装は整体院に相応しい雰囲気に仕上がりそうだ。
高校時代の友人、誠が積極的にアドバイスをしてくれた。オープン後の内装イメージはかなりふわっとしていたが、建築現場で長年経験を積んできた誠の存在は大きかった。誠と一緒に、客の視点になってまだ空っぽの店に入ってみる。受付で事前カウンセリング、半個室に案内された客が施術台に横たわり、久志の手によって客がリラックスしている、そんなシーンが目に浮かんだ。こんなに胸が高鳴るのは何年ぶりだろうか。
誠の描く図面を見ながら、改めて客やスタッフの動き方を検討してみる。理系の久志にとっては、図面を読み取って立体的にイメージして、どのような整体院が完成するのか手に取るようにわかる。スタッフがあと4人いたとしても混雑することなく、充分なスペースを確保できそうだ。
スタッフの施術によって体も心も軽くなった客が、次回の予約をして笑顔でドアを開けて整体院を出ていく。そんな光景をたくさん見たくて、整体院の店名は「スマイル」で決定した。
早くオープンしたい。独立に向けて何年も構想してきて、その構想を形にできる誠がいる。直前まで整体院で修行していた時には「久志さんが独立するなら付いていきますよ」とこっそり言ってくれた仲間もいる。自分にはもったいないくらい素敵なテナントが、ピーク時の半値の家賃で借りられる。偶然が重なったようなこの巡り合わせに久志は心から感謝した。
スマイルという名の鍼灸整体院は、開業から1年が経った。少しずつではあるが、会員も増えてきた。世間では政権交代が起こり、久々に株価が上昇していき、スマイルの周辺で空きがあったテナントもほとんど埋まってきた。そんな頃に鉄平が客として訪れた。鉄平もまた高校時代の友人だ。
久しぶりに会った鉄平は、整体が必要なのかと思えるほど、背筋が伸びてシャキッと見える。
お互いの家を行き来するほどの仲だったので、整体師として対面するのは気恥ずかしい感じもあったが、誠が手掛けた内装や設備を自慢しているうちに、高校時代に時間が巻き戻った感覚がしてきた。
「これ誠がデザインしたの?メッチャ立派な受付だな」
「そうだろ、あいつがこんなにオシャレに仕上げるとは思わなかった」
鉄平は内装に興味津々だ。
「実は整体院って初めて来たんだ。どこもこんな感じなのか?」
「もっと地味なところばっかりだよ。いかにもストイックに治療します、という感じだな」
鉄平は素直に驚きながら、店内を見回している。
「この照明マジですごいな。これどうやって照らしてるの?」
「ここは誠もかなり悩んでる感じだった。見上げても眩しくないように複雑な間接照明になっているんだ」
「壁の模様もメチャクチャ凝ってるじゃん」
「これは本物の薄いレンガを貼っている。結構大変そうだったな」
「メッチャ」とか「マジ」と、カタカナを連発しながら、何でも興味をもって、どんどん聞いてくるのは相変わらずだ。高校時代には、鉄平が数学でつまずくと、いつも久志に聞いてきて解説してあげたものだ。
「メチャクチャ教えるの上手だよな。俺の聞き方が上手なのかな」
こんなやりとりを何度もしてきたが、何年経ってもこの距離感は変わらない。
「ちなみに整体院ってどういう仕組みなの?」
久志と鉄平は、奥に向かってゆっくりと歩き始めた。
「とりあえず、初回は体の様子を見させてもらって、できる限りの施術をしてみる。だけどほとんどの場合、ダイエットのように体はすぐに元に戻ってしまうから、1週間以内にもう一度来てもらって、どれくらい戻ってしまうのかを見させてもらう流れだ」
「なるほど、それで?」
「その体の戻り具合を見て、その症状に応じたプランを提案する」
「そういう仕組みなのか。ラーメン屋よりも複雑な売り方なんだな」
「どれくらい、どのようにリバウンドするのかはお客さんそれぞれ違うからね」
鉄平も、サラリーマンとして働いていた環境から個人事業主として独立して、念願だったラーメン屋を開業していた。10年ぶりの鉄平は何も変わっておらず、その人柄なら店の人気もありそうだ。
整体師とラーメン屋、まったく業界は違うが、お互いが独立して自分のやりたいことに挑戦している現状に何か誇らしい気持ちを覚えた。それと同時に、何時間も立ちっぱなしの仕事、そして一杯数百円の世界で戦っている鉄平に対して、不憫に思うところもあった。
半個室に移動して、鉄平の日常生活や現在感じる痛みについてヒアリングをする。鉄平が言うには、朝から晩まで忙しく動いているので、慢性的に腰が痛く、ゆっくり寝ても回復しないらしい。
鉄平が施術台に横たわり、久志の手が背中から腰にかけて指圧を加えていった。腰よりも少し高い位置で久志の両手が止まり、その周辺から重点的にほぐす。
「ヤバ、なんでそこが痛いってわかるんだ?」
「あれから10年、俺もちゃんと修業してたんだ」
「修行っていうことは、弟子みたいな立場で、メチャクチャ数をこなすみたいな?」
「そういうことだ」
鉄平は施術をされながら、背中越しにどんどん話しかけてくる。ほとんどの客とは世間話の延長みたいなやりとりをしているが、鉄平との会話はこの10年の隙間が埋まるだけでなく、ほっとする何かがある。
久志と鉄平が前回会ったのは約10年前。その時には誠もいて、3人で夜明けまで高校時代の思い出、現在の仕事のこと、話題が尽きることなく飲み明かした。誠は高校を卒業した後は内装工事専門だった家業を継いで、一匹狼のように働いていた。久志と鉄平はそれぞれサラリーマンとして働いていたが、久志は転勤ばかりのサービス業に嫌気が刺して、手に職をつけたいと考えていた。学歴や資格がなくても挑戦できて、将来的には独立も夢ではない整体師という仕事が気になった頃だった。
「この施術台って、ただの台かと思っていたら機械が入ってるんだな」
「そうなんだよ。店にある備品ではいちばん高いんだ」
「久志は昔からいい奴だったから、常連のお客さんもメッチャ来るんじゃないの?」
「まぁ、お陰様でな」
「なんだか、こうして久志に体を預けていると、マジでこのまま寝ちゃいそうだよ」
「鉄平は明るくて、高校時代から何も変わっていないな」
「久志だって、あの頃のまんま」
「鉄平みたいなラーメン屋って、ライバルも多くて大変じゃないのか?」
「確かに大変だけど、やりたくてやっているんだから、会社員時代よりはマジでストレスは減ったかな。それは久志も一緒じゃない?」
「一緒といえば一緒だけど、一杯何百円のために汗を流して動き回ってるなんて、鉄平を尊敬しちゃうよ」
「一杯何百円のためにっていう感じではないかな。お客さんが喜んでる顔を見たら、それでまた頑張れるんだ」
「ふーん」
「せっかく良いこと言ったのに反応が薄いな」
鉄平は笑いながら続ける。
「久志が本当に整体師になったのはびっくりだけど、この仕事はすごく向いてると思うよ」
「それは良いこと言ったね」
ふたりにとって懐かしい、そして現状報告のような施術の時間が過ぎた。
「メチャクチャ体が軽くなった気がする」
起き上がった鉄平が、両腕を伸ばした。
「また来週待っている」
「そうだったな。なるべく姿勢を正して、リバウンドしないように気をつけるよ」
「久々に鉄平に会えてうれしかった。落ち着いたら飲みにでも行こう」
「たまには誠にも会いたくなったな。久志は今も誠と連絡をとってるの?」
鉄平も誠にはしばらく会っていないような口ぶりだ。
「いいや。ここの開店直前に内装チェックに来たのが最後かな」
「そっか。どうしてるのかな?また3人で語り合いたいね」
鉄平が会計を済ませて、鍼灸整体院スマイルを後にした。
久志の目の前で、玄関のドアが静かに閉まった。他に客がいなかったこともあり、久志は何ともいえない緊張感から解放された気がして、椅子にどかっと座った。
鉄平は1週間のうち、半日しか休みがないと言っていた。その貴重な時間に、わざわざ来てくれたことに感謝している。しかし、鉄平の腰は確かに凝ってはいたが、整体師に見てもらうほどの状態ではなかった。おそらく自覚症状もないのではないか。
ほっとする再会ではあったが、何かしっくりこないまま優しく照らす天井を見上げた。この内装について、鉄平がいろいろ聞いてきたことも気になった。誠がこだわって仕上げた内装は、まるで整体院には見えないくらい特別な空間だと自負している。確かに鉄平はいろいろ気が利く奴だったが、デザインに興味があるとは思わなかった。
翌週の水曜日、鉄平が再び鍼灸整体院スマイルに来た。
「またよろしく頼む」
鉄平は受付をしながら、明るい笑顔でまた店内を見回している。
「前回は歪んでいた体を応急処置で整えたけど、それが1週間でどれくらい戻っているのか反省会だ」
「戻ってることが前提みたいだな」
鉄平が笑って返す。
久志は半個室に向かって先に歩いた。その少し後ろを、鉄平がまた天井や壁、床をじっくり見ながら歩く。
「そんなにここの内装を気に入ってくれたのか?」
久志はどうしても気になって、鉄平に聞いてみた。
「気に入るも何も、誠がこんなセンスをしているとは思わなかった。マジで、良くも悪くも誠らしくないくらいオシャレだよな」
「まぁ確かに。最初の打ち合わせでは、俺が描いておいたデザイン案を見て、誠は相当ダメ出しをしたからな」
「久志が考えていた内装は、どんな感じだったの?」
「全体的に木目調にして、年齢に関係なく落ち着くようなイメージで考えていた」
「実際は、こんなに真っ白で高級クリニックみたいな感じになったんだ」
「誠はこれまで何件もクリニックの内装工事をしてきたらしいけど、とにかく女性をターゲットにした方がいいと力説していた。男性は治ればそれで満足だけど、女性は店の特別感で決めるからってことらしい」
「なるほど、確かにそうかもね」

鉄平が施術台でうつ伏せになる。
久志と鉄平、そしてここにはいない誠も時々加わって、腰やデザインの話をしている。高校時代からは考えられないような話題だが、これが大人になるってことなのか。久志はそんなことを考えながら、鉄平の背中に手を当てた。
「それじゃ、始めるよ」
腰から首にかけて何往復もしながら、体の歪みや凝りを確認していく。
久志が見る限り、確かに体に負荷はかかっているが、整体院での治療が必要なほどには思えない。首や肩の付近も、前回以上に丁寧に確認してみる。
「だいぶ疲れやすくなってるんじゃないか。60点ってところだな」
「マジか、思ってたより厳しい採点だな。久志が見た感じではここからどうしたらいいんだ?」
「終わってからゆっくり説明しようと思ってたけど、3ヶ月のチケットを買ってもらうのがいいと思う」
「そのチケットはどうやって使うんだ?」
「1ヶ月に4枚ずつ使うタイプで、全12回のコースになっている。単発で何回も通うより安いし、短期集中で治しましょうっていう感じ。だいたいみんな、この3ヶ月チケットを9万円で買ってもらってる」
「なるほど。そうすると、嫌でも毎週のように久志に会えるわけだな」
そんな捉え方をする客はいないので、久志は笑ってしまった。表情はよく見えないが、鉄平は話し相手がほしいのだろうか。料金を払ってもらって、また懐かしい話ができるのだから、久志にとっても楽しみが増える。
「オープンしてしばらく経ったから、その9万円のチケットを使い切ったお客さんもいるわけだろ?そういう人はもう来ることはないのか?」
「そうだな。それでまた悪化したから来ました、みたいな人は今のところいないね」
「それはすごいじゃん。久志の治療で治ったってことなのか?」
「たぶん、そういうことだ」
鉄平は相変わらず、気になったことをどんどん聞いてくる。
「それだけの腕があるから、独立してやってみようと思ったのか?」
「修行していた整体院では、指名してくれるお客さんも多かったし、ちょっとは自信があったかな」
久志にとってはわずか数年前の出来事だが、まるで高校時代と同じくらいの時間軸に感じられた。
「メッチャすごいじゃん。だって、何十年も経験を積んでいるベテラン整体師も一緒にいたんだろ?」
「もちろん、技術がすごい整体師はたくさんいたけど、ちょっと高圧的というか、治してやる、教えてやる、みたいな態度の先輩が多かった。そもそも医院長がそうだったし」
「それで独立したのか?」
「独立っていうか、そこの経営が厳しくなったのが大きかった。スタッフが多すぎるっていう話になって、はっきりとは言わないけど、俺に抜けてもらいたかったんだと思う。一番経験の浅い俺に対して、やけに独立を推すようになった」
「なんか嫌な話だね」
鉄平の質問は、整体師としての久志に興味があるのか、整体院というビジネスに興味があるのか、どっちなんだろう。久志にとっては2人らしい会話のようで、何か違和感があった。
「鉄平の店は順調なのか?」
「今のところはね。毎日飽きずに来てくれるお客さんもいるし、ありがたいことだよ」
「そっかぁ、ラーメン屋って単価が安いし、あっという間に食べ終わって帰っちゃうじゃん。競合も多そうだし大変な商売だなって思っていたけど、そうやって常連が支えてくれるんだな」
うっすらBGMだけが聞こえる。鉄平が寝てしまったかのような、静かな時間が流れた。
「久志さぁ、何か困っていることはあるか?」
普段の明るい様子とは違い、背中を向けたまま鉄平が聞いてきた。
「急にどうした?」
「こんなこと、たぶん俺じゃなきゃ聞けないと思って」
「開業して1年だから、まだまだ大変だよ」
鉄平はまた黙っていた。明らかにタイミングを計っている。
「俺の腰って、本当に3ヶ月通わないと治らない状態なのか?」
「治療のメニューって、3ヶ月のコース以外にも5種類くらいあったけど、そんなに種類って必要なのか?」
「部屋が4つあるみたいだけど、他にスタッフっているのか?」
鉄平が思ってもいなかった質問を立て続けにしてきて、久志は言葉に詰まった。
今度は久志が沈黙をつくり、やっと言葉を返した。
「俺以外のスタッフは、週末に働くパートが1人いるだけだよ」
とりあえず答えやすい質問だけ答えて、鉄平の反応を待った。
「ここの開業資金って、いくらの予定だったんだ?」
「どうしてそんなこと聞くんだ?」
「久志が答えたいならでいいよ」
久志は一瞬悩んだが、答えない理由がなかった。
「当初の予定では、内装と設備込みで250万だった」
「意外とそんなもんで開業できるんだな」
「水回りの工事がいらないし、はっきり言ってしまえば、お客さんがゆっくり横になれる台があればできる商売だよ」
「ここの家賃は?」
「15万」
「家賃は結構高いな。立地的には、こんな駅前じゃなきゃ難しいのか?」
「郊外でも全然やっていけると思うけど、相談していた不動産会社が、駅前の物件が暴落したからって勧められた」
「それでこの場所か。実際の内装はいくらかかったんだ?」
「もっとかかった」
「300万くらい?」
「いや」
「500万くらい?」
「800万」
「メチャクチャなんだよ」
鉄平が背中を向けたまま、大きな声で叫んだ。驚いた久志の両手が完全に止まった。
「なんで予定の3倍もかかるんだよ?」
「新しい図面と内装見積もりをもらった時に、こんなに払えないって言ったんだけど、もう資材とか発注してしまって、下請け業者にも依頼をしたって言ってた」
「だから、メチャクチャなんだって」
鉄平が座り直して、久志と面と向かう形になった。鉄平の顔は真っ赤になって、溢れそうな言葉をどうにか抑えている。
「それじゃ、誠の言いなりじゃないか」
「それ以上何も言えなくて、そのまま工事が始まってしまった」
「相場もわからないような工事を友達に任せるなよ。誠が友達だから、何も言えなかったんだろ?久志は、友情を犠牲にして交渉できるような器じゃないんだよ」
鉄平は久志の目をまっすぐに見ている。久志は視線をそらして、白い壁をぼんやり見つめた。
「その800万は払えたのか?」
「貯金してた分と実家から借金してる」
「毎月の売り上げはどのくらいなんだ?」
「30万から40万」
「出ていくのは?」
「家賃と諸々合わせて50万」
「毎月10万以上の赤字か。この調子だとあと何ヶ月もつんだ?」
「良くて6ヶ月。それで貯金が尽きてしまう」
「この豪華な店を撤退できないのか?」
「今契約解除すると違約金で100万が必要になる」
「あんなに数字が得意だった久志が、信じられないよ」
鉄平がため息をついた。鉄平の勢いに押されて、久志は自分でも驚くほど素直に答えていた。幸か不幸か、久志が独り身で背負っているものが少ないことが、危機感が鈍る原因にもなっていた。
「この状況をどうやって立て直そうと思っているんだ?」
「広告屋に、勝負をかけて沿線全域にチラシを入れましょうと言われている」
「だからさぁ、全部流されてんじゃん」
鉄平の声が再び大きくなった。
「独立を勧められて独立して、駅前を勧められて一等地にオープンして、誠の言いなりで豪華すぎる内装になって、言われるままチラシを入れて、人がいいにも程があるだろ」
「俺だって、何とかしたいと思っているんだ」
久志はうつむいて、声が細くなっていった。
「使ってない部屋、必要以上の内装、どうするんだ?」
「とりあえず広告チラシを入れる。9万円のコースだと、どうしても売り上げが安定しないから、今の料金設定を見直して」
「だから、それじゃダメなんだって」
鉄平が言葉を遮る。
「ひょっとしたら、チラシを入れて単価を上げれば、少しは経営が楽になるかもしれない。だけど、久志はそれでうまくいっちゃダメな奴なんだよ」
「どういうことだよ」
「久志が本当に作りたかった店は、そういう店だったのか?今の久志は、体が痛くて悩んでいるお客さんではなくて、赤字の決算書を見てるんじゃないのか?この立地、この内装、この雰囲気だから経費がこんなにかかります。だから料金はこれくらいいただきますっていうのは、どう考えてもおかしいよ。初心を思い出せよ」
久志は改めて店内を見回してみる。天井から包み込むような光が降り注ぎ、一見シンプルな壁は気が散らないように、しかし飽きないように細かい造形で埋め尽くされている。BGMは会話の邪魔にならないように、有線のチャンネルを厳選した。この空間に、今日もまた新規の客が足を運んで、久志は丁寧に生活改善のアドバイスをしながら施術をする。予約票を見ると、再来週まで埋まっている。そして、ひとりひとり笑顔で帰っていく客。
久志が思い描いていた店は、内装工事が始まると徐々に形を変えていった。
大幅に膨れ上がった開業資金をどのように回収するか、いつの間にか久志の頭は、そのことでいっぱいになった。2人の整体師を抱えた状態で開店したかったが、とても人を雇える見込みではなく、経営が軌道に乗るまでは久志が馬車馬のように閉店まで働いて、利益を安定させようとした。
当初考えていた施術プランはいったん忘れて、どのような料金システムにすれば単価を上げられるのか研究した。まさにビジネス本をめくっただけの泥縄式の知識ではあったが、コース設定を5つにして、中央の価格帯を9万円にした。これで毎月15件の問い合わせが集まれば、どうにか経営が成り立ちそうだった。
いざ開店してみると、前に勤めていた整体院から流れてきた客が1人いるだけで、まったく電話が鳴らない日が続いた。静かな白い空間で、久志だけが取り残されている気分だった。気持ちが落ち着かないので、鍼灸や整体の勉強をしたり、他社の広告チラシを眺めながら、どうしてこんなことになってしまったんだ、そう振り返る日々を過ごした。
「どうしてこんなことになってしまったんだ」
久志は思わず口にした。鉄平がゆっくりと返す。
「久志のいいところはそこじゃないだろ」
「修行していた整体院は、人を馬鹿にするような先輩が多くて、痛くて悩んでいるお客さんを喰いものにしているような場所だった。初めて来たお客さんの話をちょっと聞いただけでコースの提案をして、治すことより売ることばかりを考えているような感じで。独立を勧められた時も、そんな売り方が嫌だったから独立に前向きになれた。お客さんのためになる整体院、お客さんが笑顔になる整体院を自分で作ろうと思っていたのに」
「それが今では」
「同じことをやっている。それが嫌でせっかく独立したのに同じことをやってるんだ」
ここまで言って久志は目頭を押さえた。少し間をおいて鉄平が続ける。
「久志はそんな奴じゃないよ。チラシを入れて、お客さんがちょっと集まって、それで高いコースを売ることができて、ちょっと経営を立て直すことができても、久志はそんな小手先でうまくいっちゃダメな奴なんだって」
鉄平の目も真っ赤になっている。
「ひょっとしたら、俺も小さなラーメン屋を経営をしているから、久志に対してちょっとしたアドバイスができるかもしれない。だけど、そんな数字をちょこちょこいじったところで、何も変わらないだろ。久志の姿勢の問題だよ」
「恥ずかしいよ、何やってたんだろって。今日の今日まで、鉄平に叱られるまで、完全に忘れていた。ごめん」
「何を謝っているんだよ」
「鉄平の背中は全然悪くない。最初に触った時からわかっていた。今日も来なくていいくらいの感じだった。でも、ひょっとしたら売り上げになるかもって今日も呼んでしまった。本当にごめん」
「それをわかっていたなら、久志の腕はやっぱり確かじゃないか。本当にもったいないよ」
また沈黙が流れた。久志の頭は真っ白になり深呼吸を繰り返していたが、鉄平は何かを考えているようだった。
「鉄平、本当にありがとう。どうにかやり直してみるよ」
「ちなみに久志が、お金で頭がいっぱいになる前に考えていたコースは、どんなものだったんだ?」
「3ヶ月9万円のようなコースではなくて、もっと安い5回分のチケットを繰り返し注文してもらうシステムを考えていた」
「なんで5回分のチケットにしようと思ったんだ?」
「体の歪みは治ったと思っても、何週間何ヶ月も経って油断すると、ほとんどの場合は元に戻ってしまう。だから、最初は通院頻度を高くしてもらって、ある程度良くなったら、その先は1ヶ月に1回でも、3ヶ月に1回でもいいから来てもらって、具合を見させてもらえませんか、私にメンテナンスさせてもらえませんか、そういうお付き合いがしたかったんだ」
「メチャクチャ素晴らしいシステムじゃん」
鉄平の声が明るくなった。久志が続ける。
「だから本当は、コースにして無理に通ってもらうより、お客さんの症状によって自由にチケットを使える方がはるかに治療に貢献できる。そうやって、地域の人たちと長年にわたって付き合って、みんなが元気になる手助けをしたいって思ったんだ」
久志の声がまた小さくなった。
「いつの間にか、お客さんが真面目に通っても通わなくても、とにかくまとまった前金が入るコース制を採用した」
「実際には通い切れずに脱落するお客さんもいるから、3ヶ月分を売っちゃった方が経営的には楽になりそうだな」
「俺は何やっていたんだろう」
莫大な借金を抱えてしまい、何もかも思っていた通りにできなくなってしまった。スマイルという店名だけが、当初の予定通りに残った。
「もう1回やり直したい」
「久志の整体師人生は、これからが本番だよ」
久志にとっては、独立を決心した当時よりも大きな決断を迫られた。何といっても、このままでは倒産するし、もし撤退してもさらに借金が膨らむ。しかし、今ここで鉄平に再会できたことは何よりも幸運だった。
鉄平は「本当に腰が痛くなったら頼む」と笑ってスマイルを去った。その台詞には、整体師として続けてほしいという気持ちがこもっているように感じられた。
それからの1ヶ月、久志はスマイルを撤退してまた新たにやり直す方法を模索した。またお金に振り回される不安が襲い、鉄平に相談したい日もあったが、ここで踏ん張らないとまた自分を見失ってしまいそうだった。
移動できる備品は、一旦実家に置かせてもらい、両親に頭を下げた。開業資金にする予定だったお金は、1年経って、返せるどころか借金が増えた状態になった。独立は完全に失敗だったと正直に伝えて、またやり直したい気持ちを伝えた。両親は短い返事をしただけで、それ以上何も言わなかった。一人息子がこんな形で戻ってくるとは思ってもいなかっただろう。失望の言葉でも浴びせられた方がまだすっきりした。
久志は実家に暮らしながら、深夜のアルバイトをして借金返済、週に何回かは雇われ整体師として腕が鈍らないようにして、また独立開業に挑戦しようと考えていた。30代後半の久志にとって、体力的にも精神的にも厳しい選択だったが、誰からも応援されなくても孤独な闘いを続ける覚悟はあるつもりだ。
実家で過ごす時間は、想像以上に申し訳ない気持ちと居づらい気持ちが入り組んで、久志はかつて使っていた自分の部屋に籠ることが多かった。20年前は話しかけてくる親が鬱陶しくて部屋に籠っていたが、今は話しかけてこない気まずさで部屋に籠っている。学生時代は物が溢れて狭く感じていた6畳の部屋は、何も語らずそのままの状態で残されている。探したいものも見つかるかもしれない。久志は本棚、勉強机、押し入れ、あちこちから高校時代の写真を探した。
久志、鉄平、そして誠の3人で並んでいる写真を何枚か見つけた。誠は心からの笑顔で笑っているように見える。部屋の中央に寝転がって1枚、また1枚と写真を眺めた。どんなシーンで、どんな言葉を交わしながら写真を撮ったのか鮮明に覚えている。
内装工事の打ち合わせで誠に再会した日、まったく変わらない誠の様子に安心したものだった。その誠は開業直前から連絡がつかなくなった。20年の月日は誠の何かを変えてしまったのか、誠にも切羽詰まった事情があったのか、本当に良かれと思って内装の改善案を提案したのか、今となってはまったくわからない。
鉄平は偶然のように整体院にやって来たが、本当は誠について何かを知っていたのだろう。鉄平と話した2日間は所々に違和感があったが、そう考えると納得できる。少なくても鉄平との関係だけは、あの頃のまま友情が続いていると感じられた。
段ボールに並んだカセットテープを見つけた。高校時代に毎週録音していたものが何本も残っていた。20年ぶりに聞いたダイタの声は、今よりだいぶ若々しい。番組のなかで、ダイタがどんな曲を紹介して何を話していたのか、自分でも驚くほど覚えている。なぜ青春時代の思い出は、昨日のことのように思い出せるのだろう。まるで答え合わせのような時間だったが、寝るのも忘れて夢中でカセットテープの声を聞いた。
スピーカー越しに、ダイタが自分のバンドの新曲紹介をしている。
「うわ、懐かしい」
思わず口に出して、久志が思っていた通りのイントロが流れた。バンドには珍しく、スローなバラードが流れる。転調してBメロに移り、ダイタのギターがボーカルに絡む。サビに入る前のタイミングで曲がピタッと止まった。
「何それ」
久志は思わず口にしたが、その後の緊急速報を聞き、20年前の夜が一気に思い出された。そうだ、あの時はまさかの新曲発表が中断して、しょうがないから1階に下りて父といろいろ話したんだっけ。
その後の記憶は曖昧だけど、自分の部屋に戻った時には、録音していたカセットテープはすでに止まっており、そのまま放置していた。翌日3人で集まって、鉄平が開口一番
「マジであれはないよ」
と言っていたことを思い出した。久志以外の2人もラジオを止めて、テレビでニュースを見たと言っていた。
20年越しの臨時ニュースを聞いて、懐かしいような不思議な感覚に包まれる。その後も中東では戦争が続いたが、現代の知恵をもってしても平和は訪れていない。
カセットテープは回り続ける。久志は床に転がってラジオの声に耳を澄ませる。瞼を閉じると、当時リビングで見ていたテレビの映像が蘇る。あの夜は父と2人で長々と会話した。父が学校のこと、受験のこと、将来のこと、珍しくいろいろ聞いてきて、テレビの画面を見ながら、随分と素直に話した記憶がある。久志にとっては特別に印象深い夜だった。あんな夜はまた来るかな...そう思いながら、しばらくはアナウンサーの緊張感がある説明が続いたが、また急に懐かしい声に戻った。
「まさか」
久志は体を起こした。
「今日は特別な日になる予定だったけど、こんなことになってしまって本当に残念です。新曲の続きは来週まで待ってほしい」
ダイタの声が流れた。久志はやっと動いているようなボロボロのラジカセを持ち上げた。
「新曲を楽しみにしてくれたみんな、本当にごめんなさい」
ダイタが謝る状況ではないのだが、声は本当に残念そうだ。
「遠く離れた世界で、悲しい出来事が起きてしまったようです。こんな時に音楽にできることは何だろう、そう思いながらみんなと同じニュースを聞いていました」
そうか、ダイタも聞いていたんだ。言葉を選ぶように話しているが、どういう熱量で話したらいいものか、探っているようにも感じられた。
「この戦争だって、現地の当事者にとっては、なんでこんなことになってしまったんだろう、そう思っているのかもしれません。それぞれの正義がぶつかっているだけで、根っからの悪者なんていないと信じています。残念ながら時間は巻き戻せないけど、今夜の臨時ニュースだって、10年後、20年後の笑顔で溢れる世界に繋がることを祈っています」
ダイタは何を話してもやっぱりダイタだ。当時の憧れていた気持ちを思い出す。
「あなたの人生のハイライトはいつですか?こんな夜だから、最後にこれだけ伝えさせてください」
久志はラジカセを両手に正座になった。
「ひょっとしたらあなたは、どうにもならない想いを抱えているかもしれない。何か挫折したり、壁にぶち当たってるかもしれない。それはこうして話している俺にも当てはまります。でも大丈夫。その壁はあなたの人生において、まだまだ前奏に過ぎないかもしれないし、ひょっとしたらサビに入る直前のBメロかもしれない。どちらにしても大丈夫。その壁の向こうには必ずサビが訪れます」
ダイタの声が力強い。久志の目は、プラスチックの窓越しにうっすら見える、カセットテープに釘付けになっている。ゆっくり回るテープに合わせるように鼓動が早まっている。時間を巻き戻したい、心の中で密かに後悔していたその想いが、時空を超えてダイタに伝わっているような気がした。
「どんな曲にもサビがあるように、悲惨な歴史の先にも、あなたの未来にもハイライトが訪れると信じています。俺は俺なりに音楽の力でみんなの役に立ちたいと思っています。ここまで付き合ってくれてありがとう。もうお別れの時間だけど、また来週この時間に会いましょう」
ラジカセの停止ボタンを押して、久志はまた寝転んで天井を見上げた。もう大丈夫だ。すぐ下の階にいる父と堂々と語り合えるまで頑張ろう。
あの頃のように、ダイタの言葉をひとつひとつ思い出しながら、途切れたメロディの続きを口ずさんだ。
終