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「なぜ福島市が県庁所在地?」郡山市・会津若松市・いわき市の歴史から考察

福島の県庁所在地、福島市は人口規模で県内3位、しかも最北端に位置しており、県庁所在地としてはかなり珍しい存在感を放っています。

県庁所在地の人口は、その県内において1位または2位であることが定番ですが、福島においては、そのポジションは郡山市といわき市が占めています。

南北133km、東西166kmという広大な福島。そのなかでも代表的な都市、福島市、郡山市、会津若松市、いわき市の歴史を知ることで、この四大都市の関係性が見えてきて、もっと福島に興味を持ってもらえると思います。

 

 

まったく異なる歴史を持つ四大都市、どのような歩みだったのでしょうか。

ぜひ最後までお付き合いください。

 

会津若松市

最初に紹介するのは、早い時代から発展が進んだ会津若松市です。

会津地方は古くから交通の要所でしたが、その重要性がより顕著になったのは、江戸幕府の3代目将軍、徳川家光の頃からです。家光の異母兄弟であった保科正之(ほしなまさゆき)が会津藩主となると、会津五街道が整備されました。

会津地方は、東北へ通じる奥州街道とは離れた内地にありますが、伊達氏(仙台藩)、上杉氏(米沢藩)、佐竹氏(秋田久保田藩)といった外様大名を牽制する役割を担っていたわけです。参勤交代の経由地になったり、日本海側との物流のために会津五街道が活用されました。

 

幕末までの200年以上にわたって、会津地方は幕府にとって重要な拠点でした。そのため明治時代へと移行する戊辰戦争では、旧幕府軍がたどり着いた会津若松市では、新政府軍との激戦地となったことでも知られています。青少年たちで結成された白虎隊の悲劇は、あまりに有名ですね。

明治維新後の会津地方は、明治政府の様々な政策によって徐々に影響力を削がれることになります。幕末まで一貫して幕府寄りの立場を貫き、それほど大きな影響力を持っていた会津若松市は「武士道の街」という渋い表現がピッタリです。

現在の会津地方は、当時の面影を残しながらも、浅草への直通列車が走っていたり、鶴ヶ城や大自然を活かした有名観光地も数多く揃っていて、観光地会津というブランドを確立しているように感じます。

 

郡山市

人口の多さでは長年にわたって、いわき市とは勝ったり負けたりが繰り返されていますが、福島経済の中心地であることは間違いありません。

東北自動車道、東北新幹線が通っているだけでなく、東にはいわき駅まで直通する磐越東線(ばんえつとうせん)、西には会津を経由して新潟まで直通する磐越西線(ばんえつさいせん)、さらには水戸駅まで直通する水郡線(すいぐんせん)のように、福島県内の交通網の要の役割を担っていることで、まるで現代の五街道のようにも見えてきます。

 

郡山駅の西口方面はかなり賑わっており、ほとんどの買い物やレジャーが郡山市で完結するのではないでしょうか。あえて、仙台や宇都宮まで足を運ぶ必要性はなさそうですね。

そんな郡山市は、江戸時代は小さな宿場町だったわけですが、なぜこれほどの大ブレイクができたのでしょうか。

大きなきっかけとなったのは、明治12年(1879年)から着工した安積疎水(あさかそすい)事業です。かつての郡山市一帯は、安積原野と呼ばれた荒涼地帯であり、産業がまったく発展してこなかった歴史があります。

西側には大きな猪苗代湖があるのですが、高低差がありすぎて技術的に水を引けなかったり、その水を活用していた会津地方との関係性もあったので、大規模な水路を引くに引けない状況が続きました。

しかし、明治時代になって状況は一変します。

地元からの必死の提案もあって、大久保利通によって猪苗代湖の水を安積地区に引く事業が決定しました。明治政府が行った最初の国営事業であり、国家予算の1/3を使うまさに一大事業だったわけです。走り出したばかりの明治政府にとっては、猪苗代湖の反対側に位置する会津地方の影響力を弱めたい、という目的もありました。

工事は無事に成功して、安積地区における米の収穫量は10倍以上となり、農業用水を引くこの一大事業は大成功を収めました。

この安積疎水はやがて工業用水、発電用水としても活用されるようになり、産業がどんどん発展していきました。国家事業の影響ってすごいですね。

郡山市は「国家事業に背中を押された都市」というイメージです。

 

福島市

福島市は、冒頭で紹介したように人口規模では県内3位という、県庁所在地としてはかなり珍しいポジションです。全国各地で人口の一極集中が課題になっていますが、その観点で見れば、福島県内の各地に特徴ある大きな街があることは、県全体の魅力度向上に貢献していると感じます。

そんな福島市の交通事情ですが、東北自動車道や東北新幹線が通っており、山形新幹線と分岐するポイントになっています。また福島駅から福島交通飯坂線(いいざかせん)で行ける飯坂温泉は、奥州三名湯に数えられ、ヤマトタケル伝説にも登場するほどの歴史の深さを持っています。

その飯坂線とプラットホームを共有している阿武隈急行(あぶくまきゅうこう)は、元々は東北本線として考えられていた幻のルートです。建設が中止になる危機もありましたが、第三セクターの阿武隈急行が設立されて、現在は宮城県の槻木(つきのき)駅で東北本線と合流するような形で運行しています。

また、江戸時代から養蚕が盛んであり、生糸の輸出量が大きくなったために、数々の銀行が設立されました。日本銀行が東北初の出張所を、現在の福島市に設置したことからも相当な賑わいであったことが伺えます。

 

しかし昭和時代に突入すると、化学繊維の台頭によって養蚕産業は下火になっていきます。そこでこの地域では思い切って、養蚕の代わりに果物の栽培へと舵を切りました。

冬が非常に寒く、夏も暑くなる福島市の気候と栽培に適した土壌は、様々な果物を育てるのにピッタリであり、今日では福島県内の農業生産額の半分以上を果物が占めています。

福島市は当然行政の中心ではありますが、その一方で「フルーツ王国のシンボル」という称号が似合います。

 

ところで福島県は、廃藩置県や府県統合を経て、明治9年(1876年)に現在の形になりました。

県庁所在地をどうするか議論があったと思いますが、郡山市は当時はまだ未開拓、会津地方からは遠ざけようと考え、奥州街道沿いを考慮して、福島城があった福島市に決まったと考えられています。

福島市が郡山市のように、商業的に発展しなかった要因は、100万人都市仙台までわずか80kmという、あまりに近すぎる、北すぎるロケーションが大きいと感じます。遊ぶ場所、働く場所、暮らす場所として仙台と勝負しなきゃならないのは、あまりに厳しい戦いですね…

 

いわき市

令和6年12月現在の人口では、惜しくも県内2位でした。

・いわき市 31万7千人

・郡山市 31万8千人

・福島市 27万1千人

・会津若松市 11万1千人

このように、わずか数百人から数千人の差で郡山市と争っているわけですが、実際に令和4年はいわき市が1位でした。

新幹線が走っているわけではなく、太平洋沿いのいわき市にこれほど人口が集まっているのはなぜでしょうか。

いわき市が注目された大きなきっかけは、江戸時代の末期までさかのぼることになります。

片寄平蔵(かたよせへいぞう)という人物が、品川で見た黒船が石炭で動いていることを知るわけですが、ここで「こんな黒い石が地元の川にあった!」と思い出します。

実際に地元で大量の石炭を発見して、その後は渋沢栄一も関わりながら本州最大の常磐炭田(じょうばんたんでん)として成長していきました。チャンスは、どこに転がっているかわからないものですね。

こうして昭和20年代に、毎日がお祭り騒ぎのような最盛期を迎えていましたが、昭和30年代(1950年代後半)になってくると、石油の時代へと移り変わっていきました。

日本中で多くの炭鉱が廃止されて、街が寂れていく光景が見られましたが、常磐炭田では新しいチャレンジが行われました。

石炭を掘る際には邪魔でしょうがなかった次々と湧き出る温水を、逆転の発想で活用しようという試みです。排水していた温水を活用してハワイアンセンター、現在のスパリゾートハワイアンズをオープンさせます。

ハワイにちなんだテーマパークの建設、炭鉱で働いていた従業員がそこで働けるように教育したり、女性従業員は当然経験したことのないフラダンスを猛練習したり、とにかく苦労は多かったと思います。その結果、全国でもほとんど成功例がない「炭鉱から観光へ」のシフトチェンジが実現しました。

また石炭産業から重化学工業への転換が取り組まれ、小名浜を中心とした工業都市の整備が進められます。いわき市は、工業製品出荷額では東北で1位の規模を誇っています。

漁業も非常に盛んです。震災や風評被害の影響で一時期は落ち込みましたが、それでもいわき市の沿岸付近は、南からの黒潮と北からの親潮がぶつかるポイントであり、豊富な魚介類が採れることで知られています。

このようにいわき市は、県央部の郡山市や福島市とはまったく違った産業で大きくなってきました。特に工業と漁業においては、日本屈指の規模であることを知ると、県内でもトップクラスの人口であることも納得ですね。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。

広々とした福島にある、代表的な四大都市を紹介しました。これらの都市を比較をすることで、各エリアが歩んできた歴史や産業の成り立ちを、より理解しやすくなるのではないでしょうか。

ぜひ福島に足を運ぶ際には、参考にしてみてください。