2025年、新年早々に栃木県知事による、日光いろは坂のロープウェイ構想が発表されました。毎年とんでもなく混雑しているいろは坂の渋滞対策、そして鳥の目線でいろは坂を見下ろすことで観光客の体験価値を上げようという狙いのようです。

このロープウェイ構想、個人的には何かしらの形でぜひ実現してもらいたいのですが、成功するのかどうかは大きな疑問があります。
何度もいろは坂を走っている地元民目線で、勝手に検証してみました。ぜひ最後までお付き合いください。
名物?いろは坂の渋滞
昨年2024年秋のいろは坂渋滞は特にひどく、日光駅からいろは坂を上って中禅寺湖までかかった時間が、通常30分前後のところ最大で5~6時間。最寄りのICである清滝ICから中禅寺湖までは、通常20分のところ2~3時間かかったようです。

いろは坂は上り専用の第二いろは坂、中禅寺湖で折り返して、下り専用の第一いろは坂があります。普段は一方通行であることで、スムーズに安全に走れるわけですが、大渋滞の日は大変です。いったんいろは坂に入ってしまうと、強制的に中禅寺湖まで行って折り返さなければならないので、途中で引き返すことができないし、脇道に逃げることもできません。
つまり、いろは坂に入ってから渋滞にハマってしまうと、何時間もクルマに閉じ込められることになります。このような痛い目に遭って、いろは坂に対してマイナスイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。
後ほど解説しますが、このひどい渋滞は上りの第二いろは坂で発生します。そのきっかけは明智平ロープウェイの駐車場です。駐車場の出入りがあるだけでなく、横断歩道もあるので、クルマの流れがどうしても止まってしまいます。
ここで一度ブレーキがかかって、いろは坂の入口、さらには清滝IC、有料道路まで連鎖的に渋滞が起きてしまいます。
ロープウェイ構想とは?
せっかくのきれいな紅葉ですが、渋滞にハマってしまうとそれどころではありません。渋滞覚悟であえて紅葉ピークに突入する方もいると思いますが、実態は「ちょっとカンベンしてよ...」という感想が大方ではないでしょうか。
紅葉を楽しみながら、渋滞も避ける方法としてロープウェイ構想が持ち上がったようです。かつては、日光駅からいろは坂のふもとまで日光電車と呼ばれる路面電車が走っており、さらに明智平ロープウェイまで登山鉄道が走っていた頃がありました。

渋滞の大きな原因になっていたので、路面電車が廃止になり、そうするとマイカーを降りてわざわざ登山鉄道に乗る必要もなくなるので、登山鉄道も廃止となってしまいました。
今回のロープウェイ構想は、いろは坂のふもとから明智平ロープウェイまでを、新設のロープウェイで結ぼうという内容ですので、雑に表現すると登山鉄道の役目を、ロープウェイで復活しようというものです。

いろは坂のふもとに大きな駐車場を整備して、そこから新しいロープウェイで明智平ロープウェイの駐車場まで乗って、そこからさらに今あるロープウェイで展望台まで行ってしまう、というずっと空中を飛んでいるようなプランです。
登山鉄道は今となっては、ほとんど跡形もなくなってしまったので、どうせやるなら登山鉄道が復活してくれたら素敵だな...と個人的には思っていて、県知事も選択肢には入れているようですが、実用と費用を考えるとロープウェイが有力なようです。
成功するのか?

このロープウェイ構想は、完成したらもちろん話題になるでしょうし、紅葉を空中から見下ろす体験は、他では味わえない魅力になるのは間違いありません。
しかし、素人目線で考えてみても懸念点はいくつもあります。
・紅葉の時期以外に収益を確保できるのか?
・ふもとに駐車場を整備できるのか?
・展望台から先は何もないのか?
・渋滞対策になるのか?
特に、最後の渋滞対策については、私はかなり厳しいと感じており、むしろ渋滞はひどくなりそうです。少し具体的に考えるために、実際にどれくらいのクルマが日光にやって来ているのか推定してみましょう。
どれだけの人が来ている?
下図は2024年の紅葉ピーク、11月第1週の朝6時半の状態です。

夜が明けて、少し経つとあっという間にいろは坂の途中、清滝ICの前後は渋滞で動かなくなっています。反対車線から見ると、ほとんど進んでおらず、おそらく中禅寺湖まで行くのに2時間、帰りに1時間くらいかかったのではないでしょうか。これが6時半なので、わかりやすく12時半までの6時間、同じような渋滞が続いていたと仮定します。
清滝ICから中禅寺湖までは14kmありますので、渋滞で動かないクルマが何台あるのか推定してみます。クルマの全長は5m前後です。車間距離も少し多めに前後5mで考えます。
そうするとクルマは、およそ15mにつき1台あることになります。

いろは坂の上りに並んでいるクルマの台数は、全長14kmあるうち、15mに1台あるので、14,000/15を計算して933台です。
このクルマが、中禅寺湖に行くまでに2時間かかると想定すると、933台は2時間かかって全部入れ替わることになります。そうすると、6時半から12時半の6時間だけで、933台が3セット、つまり2799台がいろは坂を上ることになります。
もちろん、私のように夜明け前からいろは坂を上るクルマもあるでしょうし、12時半以降も渋滞は続いていたでしょうから、この日は3000台から4000台がいろは坂に集まっていたのではないでしょうか。
クルマに乗っているのが、平均2人だとすると6000人から8000人、途中で行くのをあきらめた方もいるでしょうから、紅葉ピークのいろは坂は、1日に10000人くらいは訪れる見込みで考える必要がありそうです。
3000台から4000台のクルマのうち、かなり多めに見積もって25%がロープウェイを利用するとしたら、いろは坂のふもとには1000台規模の駐車場が必要です。これほど大きな駐車場を確保できるのか、という疑問がありますが、それ以上に駐車場を出入りするクルマでさらに渋滞がひどくなるはずです。
なぜなら、いろは坂の渋滞は清滝ICを降りる前からはじまっているからです。つまりせっかくロープウェイの駐車場を用意しても、その駐車場にたどり着くかなり前からクルマは進まなくなっているので、少なくとも渋滞対策にはならないと予想しています。
どうすればいい?

このように、いろは坂の移動手段を増やしただけでは、清滝ICから降りるクルマの数は減らないし、新しいロープウェイの駐車場で大渋滞が起きてしまいます。
いろは坂を有料化するとか、台数制限を導入するとか、方法はいくつかありそうですが、ここではいろは坂は無料で、3000台から4000台のクルマ(観光客1万人)が来る前提で考えてみたいと思います。
かつて登山鉄道があった頃は、始発駅であるいろは坂のふもとまで路面電車が走っていました。

マイカー時代になる前だったので、鉄道で日光駅まで来て、路面電車、登山鉄道、と乗り継いでいろは坂を上ることができたわけです。
つまり時代を巻き戻して、クルマを使わずに路面電車とロープウェイでスムーズに観光できる、というアクセスを用意すれば、クルマの渋滞は緩和できるはずです。そうすることで、いろは坂のふもとに整備する駐車場の渋滞も緩和できます。極端な例では、ロープウェイに乗るためには路面電車を使って乗らなければならない仕組みにすれば、いろは坂のふもとには駐車場は不要になります。
このように、時代を巻き戻せば解決しそうですが、当時と大きく異なるのは路面電車の必要性です。当時は生活の足となり、通勤や通学で使われていたのはもちろん、足尾銅山の銅を運ぶという大きな役割がありました。つまり観光客がいなくても、年間を通じて一定の需要は見込めたわけです。
今はマイカーやバスもありますし、鉱山や林業のような大量の物資を運ぶ場面もありません。この状況で路面電車を復活させるのは、どう考えても採算が合わないことは目に見えています。
採算についての解決案は最後のパートで紹介しますが、移動手段に関して個人的な最適解は、福島県南相馬市で開発が進められている、Zipparと呼ばれる次世代型ロープウェイです。

ロープと本体が分離して自走する仕組みになっており、ロープウェイのように直線的なルートだけでなく、ゆっくりとカーブを描きながら走行することが可能です。

また走行間隔などを自動で最適化できるので、1時間当たりの輸送人数は3000名を超えます。
つまり、いろは坂にピーク時に1万人が訪れたとしても、充分に対応できる輸送技術があり、なおかつ登山鉄道の廃線跡を追いかけてながら、ゆっくりと蛇行して紅葉を眺めることができます。
土地買収の必要がほとんどないので、1kmあたり15億程度の建設費用は、路面電車よりもかなり安く済みます。
当然、単純なロープウェイだけを建設する方が安いのですが、宇都宮でスタートした15km弱の路面電車LRT(下写真)は、総事業費684億円、1kmあたり40億以上かかっていますので、それと比較するとかなり安く建設することが可能です。

以上のことから、私が勝手に考えるロープウェイ構想は、いろは坂よりもっと市街地側、清滝ICの付近に駐車場を整備する案はどうでしょうか。LRTとほぼ同じ距離を、単純計算で15億円×15kmで225億円でキックオフすることができそうです。
将来的には、日光駅の付近までの20km程度をどうにか繋げることができれば、マイカーを持たないインバウンドのニーズをかなり拾えそうです。
行き先を魅力的にする

私が思う最適解、Zipparを紹介しましたが、どんな移動方法を採用するにしても、年間を通じて需要がないことには確実に採算が取れないと思います。
まさか県知事のロープウェイ構想も、紅葉の時期だけを走らせることは考えていないでしょう。何かしら、ロープウェイのようなものを導入するにしても、行き先によほど魅力的な観光資源、アミューズメントを用意できないと成功は難しいのではないでしょうか。
そういった意味では、終点を明智平ロープウェイにするのは一時の絶望的な混雑を生むだけで、紅葉以外の350日は悲惨な状況になりそうです。しかも展望台から先はどこにも行けませんので、観光客による経済効果もまったく期待できません。
終点を中禅寺湖にすれば、春夏は多少のニーズがありそうですが、いろは坂はスイスイなのにわざわざロープウェイに乗るのか?という疑問が残ります。

まとめですが、今回のロープウェイ構想を最初に聞いたときに私が思ったことは、渋滞は解決するのか、展望台が行き止まりでいいのか、その前後の移動手段がなくてもいいのか、いろいろありましたが、何よりも「年間を通して中禅寺湖でなければ体験できないコンテンツを用意することが最重要ではないか」ということです。
中禅寺湖はかつて、ヨーロッパのような光景、世界有数の避暑地、日光山のシンボルとして多くの注目を集めていました。観光資源としては充分揃っているはずですが、毎日数千人が訪れる魅力があるかというと、残念ながらその面影は残っていません。
いろは坂が全国的に注目を浴びるのは、1年のうち半月だけです。まずは、そのたった半月のいろは坂を訪れる正確なクルマの台数や人数を行政が把握、公表することから着手してみるのはいかがでしょうか。
情報が集まってから、みんなでマーケティング視点で考えていきたいですね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。