あなたにとって「戦後」とはいつのことを指しますか?
多くの日本人にとっては、太平洋戦争の敗戦後を思い浮かべると思いますが、会津の人々にとっては、さらに70年以上も前の戊辰戦争における敗戦と領地没収、その後の苦難と再生を指すことが多いようです。
日本国内を二分した最後の内戦、戊辰戦争において悲劇の舞台となった会津。最後まで戦った武士たちの会津魂は、現在も語り継がれています。

尊王攘夷の機運で治安悪化が深刻だった京都。その解決のために、遠く離れた会津藩が京都守護職の任命を受け、幕府にとって重要な役割を担いました。その活躍によって京都の街の混乱も落ち着き、一時は幕府と朝廷の両方から絶大な信頼を得ていました。
しかし、時代の流れは残酷でした。会津藩が幕府への忠義を貫いて戦っているうちに、いつしか立場が逆転、朝廷の敵として追い詰められ、藩全体が過酷な運命を背負うことになりました。

今回の記事では、会津藩が背負った過酷な運命を解説して、会津魂を現代につないでいる會舞道郷人を紹介します。ぜひ最後までお付き合いください。
京都守護職と孤立の始まり

文久2年(1862年)に会津藩主、松平容保(まつだいらかたもり)が京都守護職に任命されたことから、悲劇の物語が始まります。当時の京都は尊王攘夷派の浪士たちによる治安悪化に悩まされており、幕府は信頼できる会津藩に治安維持を任せました。
幕府と孝明天皇(こうめいてんのう)両方からの信頼を得る一方で、足元では会津藩を孤立へと追い込む結果となります。新撰組の結成や長州藩との対立など、厳しい取り締まりや争いの最前線にいた会津藩は次第に憎悪の対象となっていきました。
戊辰戦争勃発

慶応4年(1868年)、鳥羽・伏見の戦いで戊辰戦争が始まります。会津藩は幕府軍として参戦しましたが、新政府軍の新型兵器の前に敗北。新政府軍は天皇の軍隊として錦の御旗(にしきのみはた)を掲げたことで、幕府軍は戦う意味を見失っただけでなく、会津藩は「朝敵」として討伐の対象となりました。
白河口から母成峠へ

幕府軍にとって、そして会津藩にとって東北の玄関である白河口は絶対死守しなければならない要所でした。その白河口の戦いでは、会津藩と奥羽諸藩の連合軍が新政府軍と激戦を繰り広げましたが、ここでも装備の差により敗北。会津への最後の砦である母成峠(ぼなりとうげ)の戦いでも、3,000人相当の会津軍は数倍の兵力を率いる新政府軍に完敗、この敗北が後の白虎隊の悲劇へとつながっていきます。
白虎隊の悲劇

16、17歳の男子で編成された白虎隊は、戦局悪化により最前線に投入されました。
母成峠での敗北後、飯盛山(いいもりやま)で若松城が炎上しているのを目撃します。実際に燃えていたのは城ではなかった、など様々な説がありますが、いずれにせよこの絶望的な状況のなかで、このまま戦いに身を投じるか、ここで自ら命を絶つか激論が交わされました。

結果的に19名が自刃(じじん)。唯一命を取り留めた飯沼貞吉(いいぬまさだきち)の証言により、この悲劇の真相が後世に伝えられることになりました。
若松城籠城と降伏

慶応4年8月、新政府軍による鶴ヶ城包囲が始まり、1ヶ月に及ぶ籠城戦となりました。京都守護職の任命に反対を唱えた西郷頼母(さいごうたのも)の妻子をはじめ、親族21人による集団自刃など、会津の街全体で数多くの悲劇が起こりました。
9月22日、極限状態の飢えと疲弊の果てに、会津藩は降伏を余儀なくされました。
斗南藩への転封とその後

街全体が激戦の舞台となり、憎悪がぶつかり合った会津の戦いでしたが、降伏後にもまた長く厳しい悲劇が待っていました。
徳川幕府の絶大な信頼を得ていた会津藩は、青森県下北半島に斗南藩(となみはん)として領地を移動させられます。数百キロに及ぶ過酷な旅の果てにたどり着いた地は、名目上は三万石とされましたが、実際は七千石にも満たない痩せた土地でした。慣れない農作業、そして未開拓の地で過酷な生活を強いられます。

明治4年(1871年)の廃藩置県で正式に消滅するまで、多くの藩士や家族が困窮の中で命を落とすことになりました。
幕末の動乱からはじまり、悲運に翻弄された会津藩でしたが、そこで戦った武士たちの会津魂は現在にも受け継がれています。
よさこい、ミュージカル、ダンス、どのカテゴリーにも属するようでまったく異なる演舞集団、會舞道郷人(あいぶどうごうじん)を紹介します。25年の進化の歴史、その活動の想いをぜひ知っていただけたらうれしいです。
會舞道郷人

よさこいチーム「郷人」の誕生は、2001年に福島県で開催された地方博覧会「うつくしま未来博」がきっかけでした。
たまたま北海道で、よさこいの踊りを見て感銘を受けた渡部(わたなべ)代表が、未来博で披露するために青年部を中心に結成しました。よさこいを踊るといっても、全員が未経験。最初は手作りの衣装でDVDを見ながら練習していたそうです。

よさこいチーム「郷人」は、演舞を磨きながら地元会津、特に戊辰戦争をテーマとした内容に進化していきます。2020年からは「會舞道郷人」として、会津魂を伝えるメッセージ性がより際立つようになります。
実際の演舞もぜひ視聴してみてください。歴史に「if」はありませんが、会津戦争に新選組が参戦して大逆転する物語です。