現在は福島県で1位、2位を争う賑わいを見せているいわき市。その海岸沿いを、颯爽と走る鉄道があったことをご存じでしょうか。

この江名鉄道は、残念ながら13年で幕を閉じたわけですが、当時のルートはほとんど生活道路に転用されており、クルマで追いかけることができます。
今回の動画では、江名鉄道の歩みと廃線跡を紹介したいと思います。
ぜひ最後までお付き合いください。
江名鉄道とは?
江名鉄道は、福島県小名浜エリアの栄町駅と江名駅を結んでいました。
すでに開業していた小名浜臨港鉄道、現在の福島臨海鉄道から延長するようなイメージで計画されました。江名駅周辺の塩や漁獲物を鉄道を使って運び、常磐線に直結させることが大きな目的でした。

大正5年(1916年)にいったん、磐城海岸軌道として開業しますが、漁獲量の激減により経営不振に陥り、昭和11年(1936年)には廃止となってしまいました。
しかし、地元の熱い要望から磐城海岸軌道の復活運動が起こり、さらには終戦直後の深刻な食糧不足を解決するため、大量の鮮魚の輸送が必要となりました。こうして、昭和28年(1953年)に走行距離4.8kmの江名鉄道が復活しました。
小名浜駅

江名鉄道は小名浜臨港鉄道の延長でしたので、その終着駅である小名浜駅から紹介します。小名浜臨港鉄道は、開業当初は人も運んでいましたが、昭和47年(1972年)から貨物専用の鉄道となって、現在に至っています。
当時の小名浜駅は、ここから600mほど東の場所にあったのですが、平成時代に入ってから商業施設の建設が相次ぎ、貨物船と観光地が混在するようになります。震災復興の整備計画によって現在の場所に移動しました。

かつて小名浜駅があった場所には、イオンモールいわき小名浜が建っており、駅があったことを示すモニュメントが置かれています。
小名浜駅から栄町駅
それでは栄町駅まで向かってみましょう。
アクアマリンふくしま、いわき・ら・ら・ミュウといった観光スポットを通り抜けると、すぐに栄町駅があった場所に到着します。当時はここに魚市場があり、小名浜駅までたくさんの鮮魚を運んでいたようですが、魚市場は解体されてしまい、跡形もなくなってしまいました。

栄町停留所と呼ばれていたこの駅は、江名鉄道の起点となる目印のような存在でした。
ここから先が、江名鉄道だったルートです。

栄町駅から水産高校前駅
小名浜エリアの中心街を抜けて、海岸線に近づくと水産高校前駅があった場所です。

現在は小名浜海星高校ですが、当時は小名浜水産高校だったので、この駅名になっていました。高台にありますので、避難所としても重要な場所です。
ここからさらに、海岸沿いに北上して次の駅に向かいます。
水産高校前駅から永崎駅
現在は駐車場となっている場所が、永崎駅があった場所です。

このあたりがもっとも海岸線に近づくので、風や波の影響をかなり受けたのだろうと思います。線路が傷むたびに、補修費の資金繰りに苦労していたようです。
江名鉄道が走っていた路線は、現在の道路よりもさらに海寄りだったので、天気さえ良ければ迫力あるオーシャンビューを満喫できたのではないでしょうか。
この日の海は穏やかで、遠くの方には小名浜漁港や工業地帯が見えました。

さらに北上して次の駅に向かいます。
永崎駅から馬落前駅
徐々に内陸の方に向かっていき、馬落薬師の前あたりが馬落前駅でした。

ここだけではありませんが、江名鉄道のルートや駅にはまったく当時の形跡が残っていないので、観光や歴史を考えるうえではもったいない気もします。なぜここにあったのか?ここでどんな人が乗り降りしていたのか?想像するしかないのはちょっと残念ですね。
馬落前駅から中之作駅
トンネルに囲まれた険しい場所に、中之作駅がありました。

江名鉄道の開通前から旧道はあったのでしょうが、鉄道を通すためにトンネルや線路の工事をして、資金も工事現場も相当な苦労があったのではないでしょうか。
江名鉄道の開通前は、この坂を上り下りしながら獲れたての魚介類を運んでいたわけで、もっと早く大量に運べたら、江名は今以上に栄えるに違いない!という想いで江名鉄道の復活運動が起きたのかな?と想像してしまいます。
終着駅の江名駅に向かいます。
中之作駅から江名駅
江名駅もまったく形跡がありません。すでに市街地の一部となっていますが、当時はそれなりに大きな終着駅だったのではないでしょうか。

観光列車という考え方がなかった時代でしょうが、ここからさらに北に向かって、いわき市の中心街まで繋がっていれば、かなり面白い歴史を歩んでいたのではないでしょうか。
江名鉄道の廃線
江名鉄道は開業当初から大きな需要が見込めなかったので、自前の車両を持たず、営業の管理も小名浜臨港鉄道が行っていました。
そのため開業から廃線まで、小名浜臨港鉄道と江名鉄道は、一心同体の直通運転で営業していました。
苦しい経営状況が続いているなかで、後発のバス路線との争いになり、トドメを刺したのは、昭和40年(1965年)の台風被害でした。仮復旧したのですが、土砂崩れの可能性があり翌年には運転休止、そのまま廃線となります。

こうして、実際に営業していたのは13年だけという、寂しい結末になってしまいました。
とはいえ、小名浜エリアの賑わいがなくなったわけではなく、その後も発展を続けて、重化学工業、水産業、そして観光地として福島を代表するエリアに成長しました。

震災では大きな被害を受けたエリアのひとつでしたが、観光客として訪れるとそんなことがあったなんて忘れてしまいそうです。
震災から14年、復興に向けてたくさんの想いがあって、この賑わいを取り戻していることを忘れてはならないと感じます。
そんな小名浜に足を運ぶ際には、ぜひ江名鉄道のことも思い出してもらえるとうれしいです。