これまで「芸大で学ぶデザインってどう活かせるの?」をテーマに講座を行ってきました。今回はITエンジニア(特にWEBデザイナー、CGデザイナー)と公務員の仕事にフォーカスします。
内容的に一区切りになるので、仕事の選び方まで含めて解説したいと思います。
発想・構成・作業 どれが得意ですか?
これまで紹介した業界や職種について、おさらいも含めて考えてみます。1回目が『サービス業と事務職』で、2回目が『製造業と営業職』でした。今回は『ITエンジニアと公務員』について解説します。
業界や職種が混ざっているので、わかりにくいかもしれませんが、これらの6つの仕事を分類するために、仕事を進める順序を【発想】→【構成】→【作業】と分けて、どれくらい労力をかけるのか?という視点で考えます。
『サービス業と事務職』
これはモロに対人で進める仕事が中心なので、実は発想力が問われたり、クリエイティブな内容も多いです。もちろんマニュアルなどは揃っているでしょうが、その都度「何をどのように伝えようかな?」と考える必要があります。
事務職はルーティンワークばかりだよね…というイメージがあるかもしれませんが、そのような仕事は近々AIに奪われるでしょうし、入力作業に労力がかかるなら、そもそも向いてないです。
『製造業と営業職』
発想や構成は上流過程で必要ですが、基本的には作業(手を動かす、足を運ぶ)をして仕事を進めていきます。雑な表現ですが、作業量と仕事量が比例します。ロボット化がもっと進まないと、少ない労力で大きな成果を出すことは難しいでしょうね。
『ITエンジニアと公務員』
意外に思われるかもしれませんが、発想する仕事はほぼありません。確かにイノベーションを起こすような、斬新なアイデアが生まれることはありますが、ゴールが完全に決まっている状態で仕事をすることばっかりです。
これらをまとめたイメージ図が下の通りです。
【発想】はアイデアマンのようなイメージですね。マンガ制作では、プロットを考えたりする人で、キャラクターや設定、全体の流れを決める役割です。3つの段階では一番上流の仕事ですね。
【構成】は「どう見せるか」を考えます。マンガ制作ではネームやコマ割りに該当します。どんなに魅力的なストーリーを思い浮かべても、どのように見せれば伝わるのか、これを考えなければなりません。マンガを読んだ人の第一印象にもなりますし、読みやすさにも繋がります。
【作業】はわかりやすいですね。実際の作画です。【構成】がゴールイメージを作ってくれているので、実際に仕上げる役割です。多くの場合は、一番時間がかかるので分業して進めることが普通です。
ここでアンケートで聞いてみましょう。
『どの仕事においても、ある程度はこの3段階のどれかに該当すると思いますが、皆さんが「自分に向いているな」と感じる段階(仕事内容)はどれでしょうか?』
【発想】10名
【構成】5名
【作業】18名
という結果でした。【発想】を選んだ人は「そういうことが好きだから」という、考えることを楽しめる人が多い印象です。【構成】については、なかなかピンとこないかもしれません。「楽しそう」という答えもありましたが、実際に社会に出てみると、どういう仕事のことを指すのか実感できるかもしれません。
私自身もゼロからイチを作るのは好きですが、どのように伝えるのか戦略を考える方が、もっと好きになりました。【作業】は「実際に手を動かして作るのが好きだから」のような答えがほとんどです。ワイワイ作る、黙々と作る、いろいろありますが、もっとも多数になったのはさすが芸大ってところでしょう。
芸大を卒業して、ITエンジニアや公務員として働くのも、向いているかもしれませんね。
ITエンジニアの仕事とは?
先にも触れましたが『ITエンジニアと公務員』というまとめ方で考えると、共通するのが
•基本的に分業する
•ゴールイメージが決まっている
です。明確なルールに沿って、流れ作業のように仕事を進めますので、1人で幅広くやるより、分担して効率よく仕事をさばきます。
「とりあえずこんなアプリを作ろう」
「とりあえず公園作ろう」
「とりあえず少子化対策を進めよう」
とはなりませんので、例えば家電の仕様書ってありますが、その仕様書を先にガチガチに固めてしまって、それを作り上げる感じです。
ITエンジニア、特に皆さんの場合は、WEBデザイナー、CGデザイナーが当てはまると思いますが、この道を目指すのであれば2つ意識してもらいたいことがあります。
①強い分野を見つける
例えば芸大に入学すると、様々な引き出しを作って、芸術の流れを知るために(もしかしたら興味のないような)分野まで含めて、広く浅く勉強することになると思います。
社会に出ると「何でもやります!」みたいな意欲は必要ですが「あなたは何が得意ですか?」に対して、しっかりと答えられると強いアピール材料になります。
•CGで手書き風の動物
•AIを使った造形
•メタバース上でのプレゼン
など、具体的な中身はともかく(IT分野でなくても、もちろん構いません)あなたが強い分野を見つけて伸ばしていきましょう。
②情報発信する
これはすでにやってるよっていう人も多いかもしれませんが、得意な(相性がいい)SNSを使って、ぜひ自分の使っている、お気に入りのものを公開してほしいですね。
何かのチャンスになる!というよりは、どのように伝えれば伝わるかな?と考えるきっかけになると思います。作るよりも伝える方が難しいなぁ…って実感することも大切な経験です。
もしITエンジニアに限らず、デザインや芸術の方面に進むのであれば、ぜひ大学生のうちに意識して、行動してもらいたいことがあります。私なりに下にまとめてみました。
◇趣味でも作品を作る
◇仕事の進め方を知っておく
の2つは、社会に出ないとわかりにくいのですが、とにかく「自分が思うようなデザインなんて作れない」が前提です。結局クライアントの意向によるし、その意向も変わるし、事前の打ち合わせ、完成後の手直しなど考えたら、デザインどうのこうので悩むより、その前後で頭を悩ますことになります。
仕事の流れを知ってもらいたいこともありますが、ぜひ「制約なしで思うように作ってみる」は継続してもらいたいですね。仕事に忙殺されるうちに「制約なしで作ってごらん」と言われても、手を動かせなくなってしまいます。
◇活躍しているデザイナーを見つける
これについては、実際にアンケートを行ってみましょう。
『デザインや芸術の分野で目標とする人、憧れている人はいますか?できれば理由も一緒に教えてください』
・いない、という回答は2人でしたね。これも貴重な考え方です。いろいろな世界を触れながら、そのうちお気に入りが見つかると思います。「恋愛しなさい!」と言われてできないように、タイミングや出会い次第だと思います。
全体的には漫画家、イラストレーターが多かったですね。
・古館春一、藤本タツキ、荒川弘(画力、話のテンポ、キャラクターが好き)
・姫川明、山村れぇ、高橋留美子、板垣巴留(タイプだから)
・真木蛍五、本田ロアロ
・ちばてつや(漫画が上手い)
・ヒトこもる、marumoru
・NAKAKIPANTZ(レトロポップな絵柄)
・水木しげる、ヒグチユウコ、椛島(ペン画が素晴らしい)
・野田サトル(構図)
・しきみ(作風が好き)
・松本大洋(独自のスタイルと感性)
・堀越耕平
・林田球
・清水侑子
・三輪士郎(カッコいいキャラ)
・城咲ロンドン(世界観が好き)
・姫川明輝(生き生きとしたカッコいい絵)
世界的なデザイナーや画家の名前を挙げた人も多かったです。イラストレーターとの境界線が微妙なので、分類の仕方が間違えているかもしれませんが、以下の回答がありました。
・マイヤイソラ(花が好き)
・キース・ヘリング(デザインの簡略化、世界観)
・ガブリエル・シャネル(流されず自分のデザインを通す)
・ギュスターヴ・クールベ(徹底的な反抗、史上初の個展)
・吉田ユニ(独特のアイデアとデザイン)
・佐藤卓(シンプルで無駄がない)
・成田亨(デザインがすごい)
・オビワン(一目でわかる確立されたデザイン)
その他に少数ですが、面白いチョイスもありました。
ゲームメーカー
・mihoyo(クオリティ、予想を超える)
陶芸家
・今井完眞(リアルな作品)
シンガーソングライター
・大森靖子(常に面白いものを作る)
アートディレクター
・佐藤ねじ(発想が面白い)
なんてものもありました。私が知らないデザイナー、アーティストも多く(というか、ほとんど)「こういうのが好きなんだなぁ…」と思わされたり「これってどこかで見たことあるな」というものもあり、調べて直してみて面白かったですね。分類の仕方が違っていたらすいません…
目標とする人がいると、迷った時に思い出したり、心の支えになったり、作品を見ているだけでモチベーションが上がったり、プラスになることが多いと思います。もちろん「作品が好き!」でも構いませんし、生き方や考え方に魅力を感じる、のような角度でも素敵です。目標を見つけて大切にしてほしいです。
公務員の仕事とは?
公務員になるには、公務員試験を受けるというわかりやすい道があるのですが、実際に公務員になってからの働き方を知ってもらいたいと思います。すべての公務員に当てはまるわけではありませんが、ざっくりと2つにまとめます。
①スキルが蓄積されない
ひとつの部署に2〜3年程度しかいないので、いろいろな経験ができる!という面白さがある一方、スキルが身につかないという気になる問題もあります。
学校の先生など、同じような仕事内容を繰り返す仕事もありますが、なかなか一般企業に通用する経験を積めません。つまり「転職することになったら、かなり厳しい…」これは転職支援をしていても痛感していました。真面目に仕事するのはわかるけど、新卒と変わらないかな…というのが採用側の正直な評価でしょう。
②国、県、市の方針で仕事が決まる
国の政策や方針転換、県知事選挙、市長選挙によって様々な産業が影響を受けますが、公務員は仕事が生まれたり無くなったりという意味では、影響が非常に大きいですね。
ちょっと古い話ですが、2016年にLRT(宇都宮駅と工業地帯を結ぶ次世代路面電車)を進めるか否かで割れた市長選が行われました。
結果は賛成派51、反対派49の大接戦で着工が決まり、2023年夏に開業予定です。予算増額、開業延期とトラブルも起きましたが、もし反対派が当選していたら当然計画見直しとなって、違う2020年代を迎えていたことでしょう。
開業に向けて動くことで、ITエンジニアをはじめ、多くの産業との連携が生まれ、関連する雇用ニーズも高まったはずです。市役所には専門の課もできて一大プロジェクトとして走り出しています。
最後のアンケートです。
『もしLRTの着工前に、賛成反対を問う選挙が行われたら、どちらに投票しますか?』
結果は賛成が多数ですね。
賛成23
反対4
賛成派の意見は
•高齢者が暮らしやすくなる
•観光にプラスになる
•環境に良い
という理由が多かったですね。シンプルに賑やかになるし、話題性はありますよね。
反対派は少数ですが、しっかり理由を書いてくれている人が多かったです。事故の心配や赤字運営になったらどうする?など現実的な懸念材料を挙げました。面白い視点だなと思ったのは「20年も前の都市計画なのに、それで進めていいの?」という内容です。選挙の結果では、反対派も半分程度いたことは市民は忘れてはならないと思います。
県外から引っ越して来た人にとっては、ピンとこない質問だったかもしれませんが、選挙結果ひとつで、デザインの仕事が生まれたり、運営や管理をする仕事が生まれたり、皆さんの環境も変化します。ニュースを見る際には「だからどうなるのかな?」という視点で考えてもらいたいですね。
モチベーショングラフ
全3回で代表的な6つの仕事について紹介してきました。仕事の種類はまだまだ限りなくありますし、これから生まれてくる仕事もあるでしょう。
その時に「どうやって仕事を選べばいいの?」とならないために、考え方のヒントを教えます。このモチベーショングラフの考え方は、社会に出てから「転職しようかな?」みたいな大きな節目で自分を見つめ直す時に、かなり役に立つはずです。
皆さんが入学したのは昨年の4月なので、そこから時系列で文星芸大で過ごすモチベーションがどのように変化したのかグラフにしてみましょう。
下の図はテキトーに書いてみたグラフですが「この頃は何%だったなぁ」ということより「なぜ上がったのか?なぜ下がったのか?」という理由や背景の方が何倍も大切です。
理想論かもしれませんが、なるべくモチベーションを高く維持できる仕事の選び方ができるといいですね。そのためにも「どういう時に上がる」のように、あなた自身のことをよく理解しておきましょう。またどうしても、仕事やプライベートでモチベーションが下がるタイミングはあるでしょう。どうすれば脱出できるのか、スルーできるのか、何は耐えられて、何は絶対に許せないのか、ネガティブなシミュレーションも大切です。
結局「自分をコントロールできる」とか「自分で自分の機嫌を上げられる」という社会人は、精神的にも自立して活躍しやすいです。そういう社会人を目指してほしいと願います。
最後は、仕事の選び方のヒントってことでまとめましたが、何にしても芸大で頑張って勉強することは決して無駄にはなりません。様々な業界、職種で発揮できますので、芸術やデザインの道に進まなかったとしても、大きなスキルとして自信を持ってもらいたいと思います。
参考にしていただけると幸いです。